がらり、と教室のドアが開かれた。 反射的にクラス内の人間ほとんどが、いっせいにそちらを見やる。教師も授業の進行を一時中止した。 軍服の侵入者は敵ではない。入る前に壇上の教師に向かい、簡易的な敬礼を取ったことから、それがわかる。それだけで信用するのは暗愚というものだが、アラシヤマは男がした、通常とはほんの少しだけ違う敬礼から、高確率で用件は自分なのだろうと思った。 男が教師に耳打ちすると、教師はぐるりと生徒を見渡してから言った。 「アラシヤマ、トットリ。行きなさい。」 余計な事は特に何も言われはしない。こういう事は前にもあった。何度も。だから教師は何も言いはしない。 しかし、2人同時に呼び出されたのは初めてだ。それぞれ別任務なのを同時に呼び出されたのだろうか。 そんな事をつらつらと考えながらも、アラシヤマは静かに返事をし、軍服の男について教室を出ていった。 軍靴が床を蹴る音が廊下に響いていく。足音はいつもの様に1人分。 ただ、自分の隣を歩く者がいる事だけが、違っていた。
ガンマ団本部・総帥室。 任務はいつも、ここで言い渡されている。 ガンマ団では、使える者はまだ軍役についていない者でも遠慮なく使う。それは学校の試験が、実際の戦地での補助任務だったりする事からもよくわかる。 それ以外にも、個人で確実に使える者が、こうして授業中だろうが休日だろうが、こちらの都合などお構い無しに呼び出され、任務を言い渡される。 早い時は2〜3日で戻ってこれるが、長いと1月以上ある。内容も戦闘・援護・諜報と様々だ。 できるならば、短期任務だといいとアラシヤマは思った。 任務に出ている間、授業に遅れをとってしまうのは仕方がないが、それは自主的に取り組めば済む。出席日数はカウントしてもらえるし、結果次第では、成績の判定に色がつく事もある。もっとも自分は、そんな事に期待しなくとも充分な成績を取っているが。 隣にいる者はどうなのだろうと思ったが、その考えはすぐに消した。別に良かろうが悪かろうが、自分には関係のない事だ。 それよりも今は、言い渡されるだろう任務の方が重要だ。 そう思い、意識は目の前の机と椅子に向けられる。 入室してすぐに待機を言い渡され、机に向かって立ったまま約5分。 自分達を呼び出した男は、たとえ普段はそう見えなくても地位相応に忙しい様だ。 隣室からの扉が開いて、真っ赤な総帥服を着た男が現れる。その後から、秘書を務める男が2人続いて出てくる。 反射的に、敬礼をする。本当に礼以外の意味を持たない、形だけのものだ。目の前の男も、それをよく知っている。 「2人とも、楽にすればいいよ。」 そう言われ、敬礼を解く。他には姿勢も表情も崩さない。 反対に、隣の男からは緊張感が消えた。ふうっと息をつき、体から無駄な力が必要以上に抜けていた。 「今回は何の任務だっちゃ?」 …いや確かに今楽にすればいいと言ったしその程度で怒るような人ではないがさすがに一般常識として上下関係での礼儀ぐらいわきまえておくべきではないだろうか? トットリのあまりにくだけた喋り方に、アラシヤマの脳内では上のようなプチパニックが起こった。 時々彼の姿を見なくなる時があるから、今回の様に呼び出されて任務についているのだろう事はわかっていた。それが1回やそこらではないのだから、有能だと言う事も認めよう。 でもだからって教室にいる時と総帥に接する態度がほぼ同じって何なんだこいつ。 「今回は潜入捜査についてもらうよ。君達2人に。」 それをあっさり受け入れてる総帥も総帥だってちょっとまて今お前なんつった。 できるならば自分の幻聴だと思いたい言葉に、トットリの態度に関する文句的混乱は治まった。というかそんなことは綺麗さっぱり頭の中から消えた。 「…2人で?」 かろうじて紡いだ言葉は、アラシヤマがこの部屋に入ってから初めて発した音でもあった。 「そう。ちょっと特殊な環境でね?どうしても最低2人は必要だと判断したんだ。」 にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべているが、アラシヤマにとってそれは有無を言わせぬ悪魔の笑みだ。まあ実際その通りなのだが。 「失礼します。遅れてすみません。ちょっと手間取ってしまいまして。」 「ああ、構わないよ。今話を始めたところだから。」 会話からして、この男もおそらく今回の任務の関係者なのだろう。 遅れてやってきた入室者を見て、アラシヤマは今すぐこの任務を断りたくなった。むしろこの部屋から今すぐ逃げ出したい。 「任務内容の説明はもう?」 「いや、今からだよ。」 「ああ、ならよかった。先に処置をすませてしまったいいんじゃないかと思ったので。」 「それもそうだね。でも、軽く説明はしておかないとね。」 「なるほど、わかりました。」 目の前で悪魔達が悪魔的な会話を進めている。 少なくともアラシヤマには本気でそう見えた。 「ええと、で、任務の内容だけど。任地は学校でね。君達にはそこの生徒及び教員として潜り込んでもらう。」 さらっと何事もなかったかのように、総帥は話を進める。 「その学校、表向きは普通の私立学校なんだけど、どうやら麻薬の密売ルート…というか元締めらしいんだよ。」 そしてさらっと信じがたい事を言う。 「はぁ?」 疑問を声に出したのはトットリの方だ。アラシヤマは黙って続きを待つ。 「結構うまくやってたみたいだけど、最近動きが派手になってきて、情報取引の真似事も始めたみたいなんだ。腕に自信があるのか、しつこくてね。しかも懲りないときた。表立ってどうにかするのはちょっと難しくてね。証拠らしい証拠もまだないし。だから君達には直接そこで主犯メンバーの特定と、証拠を入手してきてもらう。」 話からわかった事を、アラシヤマは即座で頭の中で整理した。
情報戦に参入してきた。それをしつこいと言うのは、ガンマ団に攻撃してきたという事だろう。さらに懲りないという事は、なんらかの攻撃を向こうにしたということだ。その上でまだ仕掛けてきている、と。 で、いい加減うざったくなってきたので、いっそ大元ごとどうにかしてしまおうと思ったのだろう。 しかし、一般から見てごく普通の学校を、軍事組織が証拠もなく攻撃すれば、批判も報復も大きく返ってくる。 だから直接潜入して、証拠と情報を取って来い、といったところか。
面倒ではあるが、それならば2人でもいいだろう。この能力を使う事がないのならば、譲歩できる。 「わかりました。」 「わかったわいやー。」 …このお気楽態度さえどうにかしてくれれば。 「では高松について処置を受けてくれ。」 ……しまったそうだった。 この男が噛んでいる任務だという事を、うっかり忘れていた。 任務内容を聞き始めると、周りや事前の事がどうでもよくなる癖が、こんな形でマイナスになってくるとは。 というか、学校行くのに処置ってなんだ。 |
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